須磨~垂水~明石、ポタリング

須磨(須磨駅まで輪行)~垂水~明石、ポタリング。

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須磨海岸のポタ・ルート(am9:00頃)。
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「須磨ベルトコンベヤ跡地」・・海岸の砂地にあった。
このコンベヤがあったことすっかり忘れてた。
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須磨公園にある、源平の激戦地の跡。
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この五輪塔は花崗岩製の総高4m近い堂々たるもので、中世の五輪塔としては石清水八幡宮五輪塔(京都府八幡市)に次ぎ、全国で2位の規模を誇る。
この付近は源平一の谷合戦場として知られ、寿永3年(1184)2月7日に、当時16歳の平敦盛が、熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)によって首を討たれ、それを供養するためにこの塔を建立したという伝承から、”敦盛塚”と呼ばれるようになった。
このほか、鎌倉幕府の執権、北条貞時が平家一門の冥福を祈って、弘安年間(1278~1288)に造立したなどの諸説がある。
(案内板より)
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孫文記念館。
八角堂がシンボルの「移情閣」は、大正4年に神戸の貿易商・呉錦堂が建てた別荘。「孫中山記念館」として一般公開され、かつてここを訪れた中国革命家孫文に関連する資料が展示されている。
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国史跡、舞子砲台跡。
淡路島北端の徳島藩松帆台場跡(国の史跡)と対になって両岸から明石海峡を通過する黒船を砲撃する目的であったが、一度も使用されることはなかった。
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当時の砲台跡の石垣が保存展示されている。
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大蔵海岸公園、堀江さんの「マーメイドⅡ号」は、環境リサイクルを考慮して船体はビール樽でつくられていた。
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業務用のビール樽を溶接して船体はつくられている。
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大蔵海岸公園、被災地にもこのような歌の日が早く訪れるようにと歌の日コンサート(沖縄祭)が開催されていた。
(沖縄では過去歴史の中で歌も自由に歌えない時期があった)
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砂浜、この景観はいい!
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明石の「魚の棚」、見学だけ・・。
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この灯台は江戸時代後期に建設された。
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昭和初期の帆掛け舟(写真)と現代の高速船(下の写真)。
?年後・・この明石海峡はどんな船が往来しているのか。淡路島へは自転車道が開通している・・。
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明石~岩屋を15分で結ぶ「ジェノバライン」、自転車は後部に積んでもらえる。
*白波が見える天候の時は(揺れるので)覚悟を決めて搭乗するように!

テーマ : 自転車
ジャンル : 趣味・実用

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もっこうばら

Author:もっこうばら
嬉野温泉と嬉野茶で有名な佐賀県嬉野市嬉野町吉田出身、現在は大阪府東大阪市に在住。

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